生物多様性研究室M1の大谷素司です。
本日のむしくさセミナーの発表タイトルと要旨を以下に掲載します。 【タイトル】 海浜植物の形態的特徴-スミレとその変種間の比較- 【要旨】 広域に分布する植物種において、生育地環境の多様性は、それぞれの環境への適応を促進する事を通じて、種内の形質変異を引き起こし、最終的には種分化をもたらしうる。特に、多くの植物の生育に適さない極端な環境は、特有の形質変異による生育地適応を促進させることが知られている。海浜環境は、強光や高温、乾燥、高塩分濃度など植物の生育には適さない過酷な環境の一つである。海浜環境下では、葉を厚くして保水力を維持したり、地中深くまで伸びる根茎をもつといった独自の適応を見せる植物が観察されている。しかしながら、海浜植物の形質の特徴については、野外環境下での形質観察にのみ基づくものが多く、特異な表現型形質が可塑的な応答であるのか、十分検証されていない。 そこで本研究では、海浜環境へ進出した植物にみられる形質の特徴を定量的に示し、それらの形質が可塑的な応答であるのかについて明らかにする事を目的として、スミレ(Viola mandshurica)とその海浜型変種アナマスミレ(V. mandshurica var.crassa)とアツバスミレ(V. mandshurica var.triangularis)の3種を対象とした形質(比葉面積、葉の乾燥重量比、クロロフィル量、根茎長、植物体縦横比)測定を野外環境及び温室栽培下で行った。調査の結果、夏季の野外環境では、分厚く、水分含有量の少ない葉・長い根茎・横広がりな草姿といった、海浜環境への応答として予測された傾向が海浜型変種アナマスミレとアツバスミレでみられた。一方、温室栽培個体では、同集団で夏季の野外環境でみられた形質の値とは大きく異なる形質値をもつ集団が多数存在した。以上より、夏季の野外環境でみられた形質は、温室環境では再現されなかったため、野外でみられた表現型形質の種間差は、海浜型変種の夏場の海浜環境への可塑的な形質応答によって引き起こされていることが示唆された。 本年度は、スミレ3種の調査地を増やすと共に、環境条件を設定した栽培実験や遺伝子解析を通して、形質・遺伝分化や変種内・変種間の遺伝分化の程度、遺伝的多様性を定量化し、海浜型スミレの遺伝的独自性や適応実態を明らかにする。 #
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| 2024-01-10 12:03
| むしくさセミナー
1月10日のむしくさセミナーの発表タイトルと要旨です。 よろしくお願いします。 オオオサムシ亜属における交尾器の巨大化に関わる進化発生学的要因 【発表者】 進化生態学研究室M1 古本知奈美 【要旨】 交尾器形態は,他の部位に比べて急速に進化,多様化する.その多様化は,種間の生殖隔離に関係するため,種の多様性の創出・維持に関わる重要な要因である.多様化の一側面に顕著な巨大化が挙げられるが,その進化発生学的要因は,未だ十分に理解されていない. オオオサムシ亜属の交尾器形態は,雌雄間で鍵と錠のように対応し,種間または同種内の集団間で著しく多様化している.雄交尾器の内袋の表面には交尾片と呼ばれるキチン化した突起があり,雌交尾器にはそれを受容する膣盲袋という膜状の袋がある.交尾の際には,交尾片が膣盲袋に挿入され,雌雄交尾器は機械的に結合する.細長くフック上の交尾片をもつマヤサンオサムシ(C. maiyasanus)とドウキョウオサムシ(C. uenoi )から構成される系統では,交尾片の巨大化に至る一連の変異が報告されている.巨大な交尾器を実現する複数の発生学的機構(発生期間,成長率,空間的制限の回避)がどのように進化したかを明らかにするためには,両者の中間的な変異を示す集団の発生過程を明らかにし,比較することが有効だと考えた.最も小さな交尾片をもつマヤサンと最も巨大な交尾片をもつドウキョウについては,交尾片の発生がある程度明らかになっているが,中間的な変異を示す交尾器の形成過程を示すデータはない. そこで本研究は,両者の中間的な交尾器サイズを持つマヤサンオサムシの亜種(ohkawai,ウガタオサムシ)を対象に,蛹期における交尾器の形成過程についてマイクロCT解析を用いて調べた.その結果,雄交尾器の交尾片は,共通して4日齢から発生が開始した.交尾片の成長速度は,交尾片が長い種ほど高かった.また,マヤサンとウガタでは成長速度が一定だったが,ドウキョウでは8から10日にかけて加速した.更に,マヤサンでは8日齢に,ウガタとドウキョウでは10日齢に,交尾片の内部に中空部が形成された.長い交尾片を持つウガタとドウキョウで中空部の形成が2日遅れたことは,中空部の形成を遅らせる事が,交尾片が伸長できる時間の延長に関与する可能性を示唆する. マヤサンの交尾片は大型化するほど柔らかくなることが示唆されており,柔らかさは交雑中に交尾片の破損を防いだり,陰茎内という限られたスペースで巨大な交尾片を形成したり収納する役割をもつと考えられている.交尾片の柔らかさは外骨格の厚みが薄くなることによる可能性がある.今後は,これを評価できる部位を特定し計測する.次に,成虫では,交尾片が大型化するほど交尾片の基部が内袋の先端(射精口)に近づくことが知られている.これにより,陰茎内で交尾片が伸長できる空間が大きくなる可能性がある.これを定量するために,射精口から交尾片の根元までの直線距離を計測し,種間で比較する. また,CT画像からはわからない発生過程の詳細を,組織切片の観察により明らかにする.HE染色により,成虫の交尾片の主成分であるクチクラや,タンパク質からなる周辺構造,それらの分泌細胞などを区別することが出来ると期待される. #
by mushikusa
| 2024-01-10 10:17
生物多様性研究室の朝田愛理です。 明後日のむしくさセミナーのタイトルと要旨です。 よろしくお願いいたします。
【タイトル】 火入れ草原における希少植物の多様性維持機構の解明
【発表者】 生物多様性研究室 M1 朝田愛理
【要旨】 国内外の半自然草原は、火入れ、放牧、草刈りなど人に管理されることで維持されてきた。しかし、放牧や草刈りは重労働であるため、近年は管理者の高齢化や農村の人口減少とも相まって、管理が放棄される傾向にある。一方で火入れによる草原管理は、作業を適切に行えば、放牧や草刈りに比べ、少ない頻度や労力で、広範囲を管理できると言われている。つまり、比較的広範囲の草原を簡易に維持するためには、火入れは効果的かつ効率的であると考えられる。ただし、複数の地域で、火入れのみでは、他の管理を組み合わせた場合に比べ植生高が高くなり、背の低い植物の多様性、特に絶滅危惧種の多様性が低くなることが報告されている。このような状況下で、火入れのみの管理でも、植物の多様性が高い環境があるのか、またその環境はどのように維持されているのかを明らかにすることは喫緊の課題である。日本のような森林が極相となる地域でも、岩角地や火山台地などの特異な土壌環境がみられる場所では、植生高の低い自然草原が成立しやすいことが知られている。そこで本研究では、火入れのみで管理された草原(火入れ草原)でも、土壌が浅く、植生高が低い環境では、絶滅危惧種を含めた草原性植物の多様性が維持されうるという仮説を立てた。母材の違いにより、土壌の発達の異なる火入れ草原を対象に調査を行った。今年度は結晶片岩を基岩とする生石高原と火山灰を母材とする開田高原の半自然草原を対象に新たに調査を行い、昨年度調査した溶岩とスコリアを基岩とする梨ケ原のデータと合わせて、土壌環境要因が半自然草原上の植物の多様性維持にどのように影響しているかを明らかにすることを目的とした。 生石高原・開田高原各地に1m2プロットを40ずつ設け、6,9月に植生調査、9月に土壌環境要因の測定を行い、梨ケ原の100プロットのデータと合わせた解析を行った。その結果、梨ケ原の形成年代の新しい溶岩上で土壌が浅く、植生高が低く、在来草原性植物種数・絶滅危惧種の多様性ともに最も高くなった。母材タイプごとに種組成の分散と重心は異なっており、新しい溶岩上の草原の種組成は絶滅危惧種を含む植物の多様性が高いことに特徴づけられた。 以上の結果から、仮説通り火入れのみの管理でも土壌が浅く、植生高が低い環境では、絶滅危惧種を含めた草原性植物の多様性が維持されていた。 #
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| 2024-01-08 19:51
| むしくさセミナー
進化生態学研究室M2の西野です。
明日のむしくさセミナーの発表タイトルと要旨です。 よろしくお願いいたします。 【タイトル】 性的共食いと精子競争に応じたオスの配偶者防衛行動の適応的な調節 【要旨】 性的共食いとは、交尾の際に雌が同種の雄を捕食する行動であり、クモやカマキリといった一部の節足動物でよく見られる。性的共食いにより雄は以後の交尾の機会を失うという大きなコストを被る。よって、雄はこのようなコストを補償するような行動を進化させると予測される。また、交尾後に雄が雌に付き添い、他の雄との交尾を防ごうとする配偶者防衛行動は、雌が多回交尾を行う種で適応的である。 性的共食いを受けたカマキリの雄は、交尾時間を延長する事が知られており、これがライバル雄に対する配偶者防衛として機能する可能性がある。そこで、性的共食いと雌の多回交尾が野外で確認されているチョウセンカマキリを用いて、「交尾による雌との接触自体がライバル雄に対する配偶者防衛として機能する」、「共食いによる交尾時間の延長が配偶者防衛機能を強化する」という仮説を立て、行動実験により検証した。 結果、交尾中の雄の70%がライバル雄に雌を奪われることなく交尾を完了し、交尾後の精包付着期間中も雌は再交尾しなかったため、交尾自体が配偶者防衛として機能していることが示された。性的共食いを模して交尾中に断頭した雄は、ライバル雄により雌を奪われる率が通常雄より有意に低く、交尾中の配偶者防衛を強化していることが示された。一方、性的共食いによる交尾時間の延長は、雌の再交尾までの時間を延長しなかったため、配偶者防衛の能力を高めるとは言えなかった。これは、性的共食いを受けていない雄は交尾後もライバル雄を妨害できるのに対し、性的共食いを受けた雄はそれができないことが原因として考えられた。よって、性的共食いされた雄は交尾器の結合を強化することに加えて、交尾時間を延長することで、共食いされていない雄が行う配偶者防衛ができなくなるコストを補償している可能性が示唆された。 本年度はこの可能性を検証するため、交尾を完了した雄が配偶者防衛と雌からの離脱を選択できる広い空間において実験を行った。「交尾後の長時間マウントや再マウント、再交尾は配偶者防衛である」という仮説を立て、ライバル雄の有無を操作した行動実験により検証した。結果、ライバル雄の存在下で交尾後マウントの時間は延長されたが、それ以外の行動に変化はなかった。 以上の結果より、共食いされていない雄は交尾後マウントを延長して配偶者防衛をしており、共食いされた雄は交尾中の行動を変化させて交尾後の配偶者防衛ができないコストを補償している可能性が示された。 #
by mushikusa
| 2023-12-19 16:41
| むしくさセミナー
進化生態学研究室M2の黒田です.
明日のむしくさセミナーの発表タイトルと要旨です. よろしくお願いいたします. 【タイトル】 チョウセンカマキリにおける栄養状態と交尾経験が性的共食いの発生に及ぼす影響と野外における性的共食い率の推定 【要旨】 カマキリやクモなどの節足動物では,交尾の際に雌が雄を捕食する性的共食いが知られている.性的共食いは雌にとっては栄養獲得による利益があり,雄にとっては将来の交尾機会を失うというコストがある.そのため,その発生頻度は,性的共食いによる潜在的な雌への利益や雄へのコストを理解する上で重要である.しかし,野外におけるカマキリの性的共食い率は種間や種内で様々であり,そのほとんどは副次的に調べられたもので正確な性的共食い率ではない可能性がある.また,野外の性的共食い率を推定した研究はない.一方で,先行研究によってカマキリでは,雌の栄養状態や雌の交尾経験,雌雄の位置関係,餌の存在,複数の雄の存在など様々な要因が性的共食いの発生に影響することが示唆されている.従って,これらの要因と性的共食い頻度の関係を把握することで,野外における性的共食い率を知ることができ,性的共食いがどのような利益やコストを雌雄にもたらすかの理解につながる可能性がある.従って,本研究では野外における性的共食い率の推定を目的として,雌の栄養状態と交尾経験に着目し,交尾実験と野外調査を行った 本研究では栄養状態と交尾経験を操作した雌カマキリを用いて交尾実験を行い,2020,2022,2023年の8月中旬(羽化推定日)から10月末まで神戸市北区淡河地域において野外調査を行った.交尾実験の結果,本種では栄養状態の極度に悪い雌は良い雌よりも性的共食い傾向が高かった.しかし,交尾経験は性的共食い傾向に影響を及ぼさなかった.これらの結果を用いて栄養状態から性的共食い率を推定する統計モデルを構築し,野外調査で得た栄養状態のデータから,野外における性的共食い率を推定した.その結果,野外において雌が交尾していると推定される時期では,性的共食い率は約29%であると推定された.これらの結果を元に,性的共食いの発生要因や性的共食い率推定の妥当性について議論する. #
by mushikusa
| 2023-12-05 18:26
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